2012年9月18日火曜日

牛のこと

むかし、むかし、
こどもの中のこどもだったころ、
家が忙しいと祖母の家に預けられた。
祖母の家は、山の中で近所に子どもも少ないし本もないし、
テレビも3つしかうつらないし、
退屈で退屈で黴が生えそうだった。

どうやって時間をつぶすか考えるのもめんどうなくらい退屈だった。
隣の家のじいさんちは、牛を飼っていて田んぼ仕事につかっていた。
ばあちゃんちへの道沿いに牛小屋はあった。
牛は大きくて黒く鼻水を垂らし、蠅がたかって臭かった。毛は短くつやつやしていた。
そばの藁を引き抜いて口先に持っていくと、当たり前のように租借した。
じいさんが田んぼ仕事に行くときは、牛を連れて行くのでいつもいるわけではなかった。
牛がいないとがっかりした。退屈を紛らわす同志に裏切られた気持ちだった。
牛はときたま、ムモォーとくぐもった声で鳴き、尻尾をぴしぴしとならした。

じいさんは、いまおもえばまだ60になるかならないかくらいだったのだろう。
わたしにとって年取った人はみなじいさんだった。そのくらい幼かった。

夕方、じいさんが牛と一緒に田んぼから戻ってくる。
牛はうんこをぼたぼたこばした。道路には牛のうんこが当たり前のように落ちていたものだった。
うんこは大きく、これもまた蠅がたかっていたが、あっという間に乾燥してかさかさした土になった。

道路はかろうじて舗装されていたと思う。

夜、ばあちゃんちに行く道すがら牛小屋の前を通ると
そこは湿っていて、やはり臭く、牛はなにかを咀嚼しながら、ムモォーと鳴いた。
ばあちゃんちに来たと思った。

わたしは、死ぬほど退屈すると木の棒を持ち、家のまわりをぐるぐるし、
やはりなにもないことにがっかりしながら、牛に藁をやった。

小学校にあがる頃、牛はいなくなり、じいさんはトラクターで田んぼに行くようになった。
次の牛はいつ来るのだろうと待っていたが、いつまでも牛小屋は空きのままだった。